07/03/19〜07/06/16



あなたの知らない世界・双玉変


茶州州牧としての仕事にも少し慣れてきた、ある日の夜更けのことです。
寝る前に机周りの整理をしていたら、燕青さんに渡すつもりだった書類を提出し忘れていたことに気づいたんです。
夜も更けたのだし、こんな時間にお部屋を訪ねるなんて失礼だとは思ったんですけど、
もし燕青さんがこの書類を探していたら、と思うといてもたってもいられず、結局渡しに行くことにしました。
暗い回廊を渡って燕青さんのお部屋に着くと、扉から光が洩れていました。
まだ起きていた…、
ホッとしたのも束の間、複数の微かな声が聞こえてきました。

「ちょ、やめ、」

それと同時にバサバサッと本やら何やらが落ちるような音がしたのです。
僕は燕青さんと静蘭さんが(コッソリ)お付き合いしていたことを思い出し、身を竦ませました。
こ、これは、もしかすると、もしかしなくても……
ギギギ、と回れ右して右手右足を出したとき、

「貴様ァ、なんだこの報告書は!まさかこんなクズをお嬢様にお渡しするつもりだったんじゃないだろうな!」
「ちょ、やめろって、見んなよ、さすがに失敗作かなぁって思ってたんだからよ、
「失敗作にも程があるわ!誤字脱字どころか書式からして間違っている!
 このバカめ、『俺の格好悪くて恥ずかしい書類、見ないで下さい』って言ってみろ!」
「ええ〜!」
「ほら、『俺の恥ずかしくて間違いだらけの人生の汚点、見ないで下さい』って言え!」
「いてぇ、グリグリ押しつけんなよぉ‥」
「さっさと言え!」

僕はなんとなく冷めた気持ちで、書類を持ったまま部屋に戻りました。
ひたすら怒り狂う静蘭さんをフォローすることも、
ひたすら虐められる燕青さんを助けることもしませんでした。
何故なら、お二人とも、
そこはかとなく楽しそうだったから…。



『ああ、女王様っ』






あなたの知らない世界・藍兄弟×楸瑛変


藍家本邸の侍女である私は、少々浮かれた気分で回廊を歩いておりました。
連れ立って歩く他の侍女たちもニコニコ嬉しそうです。
それもこれも、若様たちの結束の固さのおかげでございます。
代々藍家はご当主様のお戯れが原因で、跡目争いも珍しい事ではございませんでした。
実際、数多のお妾様方の間では不穏な動きも目立つようです。
しかし、直系の皆様ときたらそれはそれは仲がおよろしく、いつも健やかそうなご様子です。
今日など、まだ生まれて間もない末の若様のお世話を、兄弟揃ってお引き受けになられました。
侍女の手は借りぬ、とまで仰った若様たちの溺愛ぶりときたら!
さしもの私たちも手を引いたものですが、赤子の世話は本来殿方の手には余るもの。
何かお手伝い出来ることがあれば、と末の若様のお部屋の戸を開け、かけ、

私たちは音もなく、戸を閉めました。
いや、ナイナイ。ナイから。

楸瑛様が裸だったとか、ナイから。
その胸に末の若様が吸い付いて、楸瑛様がえらい感じてたとか、ナイから。
あまつさえ三つ子の若様が口々に「羨ましい!」って連呼してたとか、マジでナイから。
そのうえ我慢できなくなった三つ子の若様と末の若様が楸瑛様の乳の奪い合いしてたとか。
いや、ほんっっっとナイから。


私たちはスッと顔を上げました。

「うん、あれさ、なんかの健康法だよ」

そして、しゃなり、しゃなり、と回廊を引き返してゆきましたとさ。



『侍女たちは見た』






あなたの知らない世界・晏樹×皇毅変


「皇毅、耳かきしてあげよっか」

耳かき片手に微笑むと、皇毅はこっくりと頷いた。
おいでおいで、と手で招くと、ほてほてと目の前まで近づいてきた。
更に、膝の上をポンポンはたくと、意図が通じたようで、横に座った。
それから先が続かなかったけれども、頭を抱くようにして膝に乗せても抵抗はしなかった。
皇毅に膝枕で耳かき。
そのシチュエーションロマンに、フンフン鼻歌を歌って上機嫌で耳かきした。
厳しく育てられたらしい皇毅は、この状況にえらく戸惑っているようだった。
けれどもやがて力を抜いて、くったりと身を任せてきた。
ますます上機嫌になる私だったが、慣れない作業に、気は抜けなかった。
じっくり、失敗のないように、耳をいじってゆく。
しばらくして、なんとか片耳の作業を完遂した。
皇毅、そう呼びかけて、止まった。

皇毅は、私の膝でスヤスヤと眠っていたのだ。

そのふっくりとした頬の愛らしいこと!
無防備に開いた唇の清らかなこと!
私は膝が痺れようがなんだろうが、一生この時が続けばいいのに…そう思った。


俺は、無言でその冊子を閉じた。
バタン。
その音で、堪えていた冷や汗が一気に噴き出す。
この冊子を読んだのは純粋な好奇心であり、別に晏樹様の弱みを握ろうだとかそんなことは考えていなかった。
その筈なのに、何故こちらの弱みを握られたような気になるのだろうか…。
冊子の表紙を見ると、三十年近く前の日付けになってある。
この中に、幼い晏樹様と長官の思い出が詰まっているのか…。
あの、砂糖菓子のような…。

俺はかつてないほどの恐怖を感じながら、震える脚を叱咤して、仕事に戻った。



『小さな濃いメロディ』






あなたの知らない世界・工部尚書と戸部尚書変


『なぁ、』

「………」
「………」
「お前、先言えよ」
「いや、お前から話せ」

『………』

「…この前、陽玉の家に行ったんだよ」
「相も変わらず、仲がいいな」
「ん、したらよ、見ちまったんだよ」
「何をだ」
「…一心不乱に、どでかいハサミ砥いでるあいつ」

『………』

「ちょっと前もよ、」
「…何があった」
「一緒に寝てたら、横でもぞもぞ動いてるからよ、なんだぁって見たら、」
「………」
「血走った目で、羽毛布団の綿ぁブチブチ毟ってたんだよ」

『………』

「孔雀とか、なんかそんなんの毛でも欲しいんじゃないのか?」
「だったらいいな」

『………』

「で、お前の話ってなんだったんだよ」
「いや、なんか‥もういい」


『俺たちにも明日はない』






あなたの知らない世界・茶家当主夫妻変


近頃の春姫は、香鈴殿と文通を始めたようで毎日が楽しそうだ。
文通といってもいわゆる普通の文通と違うようで、なんとお互いの創作の文章をやり取りしているようだ。
なんでも出来る春姫だけれど、娯楽小説まで手がけることが出来るなんて!
僕は俄然その中身が気になったのだけれども、春姫に可愛らしくダメ、と言われるとどうにも出来ない。
どんな小説なのだろう‥僕との恋物語だったりしたら…、
だなんて、新婚の旦那の身としては思ってしまう。

そんなある日のこと、
今日も大量に届いた書簡の山を整理し、「親展」と記された書簡の箱を開けた。
パラリ、と書簡を開くと、甘い香の芳りが漂った。
まるで年頃の娘さんが気に入るような‥、
僕はギョッとした。
これはもしや、香鈴殿の書簡が間違って僕の方に届いてしまったのでは!
慌てて片付けようとしたけれども、中身がちょっと見えてしまった。


『春姫様、この前の双花菖腐の新作素晴らしかったですわ!
 特に『散花の章』での、魔王を倒したときに楸瑛様が絳攸様を庇ってダークソードで突き刺されるシーン!
 その後、生まれ変わった二人が来世で巡り合うシーンなんて感動的でしたわ〜萌えにゃ〜んw』


双花菖蒲といえば、主上の側近の方たち、だよね?

…魔王を、倒しちゃったんだ…。

僕は書簡をそっと畳んで、部屋を出た。
とりあえず、二人が魔王を倒したときの経緯を春姫に詳しく聞こうと思ったんだ。
こんな一大事を知らなかったんじゃ、
新年に御前にまかるとき、皆さんのお話についていけなくて恥を掻いてしまうからね!



『奥様は腐女子』