07/01/31

今宵は月が一段と輝くものだから。

その光に誘われるがままに呑んだくれと杯を交わしていた。
普段からは想像もつかないほど時間は和やかに過ぎ、お互い何が可笑しいやらずっとケタケタ笑っていた。
まぁそれもこれも月があんまり美しすぎるからいけないと笑って、呑んだくれはひっくり返って。
私は杯に映る光に目を奪われていた。
桜の花びらは散ったけれども、葉桜が宵闇に染まり、濃緑に揺れるのも不思議に幻想的な光景であり。
酒のせいではなく、頭に霞がかったような夢心地の気分であった。
風は枝葉をざわめかせて、まるでそれは音楽のようで、



「寂しい」



突如、洩らされた言葉に身が震えた。
ぬるま湯に浸かっているような心地よさは一掃され、冷たい夜風が凍みた。
この男は何を言っている?
うつ伏せになった男の表情は窺うことが出来ず、男が酔っているのか素面なのかも判らない。
これが戯言なのかどうかも、全く。

「寂しいなぁ、おい」

再び洩らされた言葉も、何を意図しているのか判らないまま、私は声を失った。
男はうつ伏せのまま、ピクリとも動かない。
私はなんだか猛烈に腹立たしくなって、怒鳴り散らしてやりたくなったが、口を開く前に声が消えてゆく。
何を言えばいいのか。
葉桜は頑固に枝に身を寄せたまま降ってはこない。
雪のように花びらのように、私の姿を隠してはくれない。
私に。
何を言わせたいのだ。


「寂しいのは、自分のせいでしょう」
「そうやって、ふざけて、肝心なときに呑んだくれて、」
「そうやって、」
「そう、



それから、何を言おうとしたのか。
自分でも判らぬままに口を閉ざしてじぃっと男を見続けた。
それ以外にどうしようもなかった。
そのうち安らかな寝息が聴こえてきて、ほっと息を吐いた。
きっと、私は、
男を責めるのではなく何か別の言葉を言いたかったのだけれど。
私にはそれが判らない。
葉桜を揺らすあの風が攫っていったのなら、そのまま私ごと何処か知らぬ地まで運んでほしい。


[そこを溶かして記憶をさらって]