07/03/21

カタリ、と微かな物音に目が覚めた。

「兄上?」

こんな夜更けに私の部屋の扉を無断で開ける人物など、弟を除いて彼ら以外にいなかった。
眠たい目をこすりながら身を起こしたが、ゆらり、と床に見える影法師は二つしかなく、おや、と思った。
案の定、入ってきたのは次兄と三兄であった。
長兄がいない。
それはとても珍しいことで、どうしたことかと問いかけたとき、彼らがひどく酒臭いことに気がついた。
それも臭いからして、大した酒ではない。
彼らが普段好む極上の美酒とはほど遠い、安酒の放つ悪臭だった。
なにやら不穏な空気を肌で感じた。
兄たちはひどい臭気を漂わせていたが態度は平素と変わらず、落ち着いた仕草で私のそばに腰掛けた。
そしていつもどおりに私の頭や背を優しく撫ぜてくれた。
けれども、普段と違う兄たちが作り出す空気と日常の仕草はどこかちぐはぐで、私はいやに不安になった。
しかし具体的に何が不安なのかわからないし、そしてそれがわかったとしても私などにはどうしようもないので、
ただひたすら兄たちを見上げ、途方に暮れた。

「‥兄上?」

「それは、誰のこと?」

問いかけを間髪入れずに問いかけで返され、状況も忘れるほどに驚いた。
彼らは、少なくとも私や家族に対して、個々の扱いを求めることがなかったからだ。
それは恐らく求めずとも私たちには個々の見分けがついているからという前提があったにしろ、
長兄やら次兄やらといった区切りを彼らは必要としていなかった。
互いを同一のものと見なしているわけではなさそうだったが、如何せん私には理解し難い感覚であった。
その彼らが、

ふふ。

次兄の吐息で、空気が震えた。
私の狼狽を見透かしたように、闇が揺らいだ。
三兄が微笑んだのを見て、私は次兄のそれが微笑みだったのだとわかった。

「なんでもないよ、楸瑛」

優しく撫ぜる二つの手は、やがてスルスルと夜着と帯を奪っていった。
仰向けに寝かされ、体中で彼らの手のひらを感じた。
大きく冷たく優しく、荒い。
まるで一つ足りないことなど悟らせないほどに情熱的であった。
しかしそれよりも、先の言葉はどちらが発したものだったのか、
そちらの方が気になってならなかった。


夜が更け、闇が濃くなるにつれて、兄たちの様子はいよいよ尋常でなくなった。


「いいな、いいよな、そうだな、楸瑛、」

私をひどく揺さぶりながら、次兄は執拗に問いを繰り返した。
理性とは裏腹に意味の無い言葉を放る兄の姿は異様で、兄がそう繰り返すたびに私は恐怖を感じた。

「ああ、楸瑛、いいよ、いい、お前もいいだろう、」

次兄は動きを止めないまま、指でそっと私の其処を探った。
兄の其れを咥えた其処はひどく過敏になっていて、濡れた指先でなぞられて腰が跳ねた。

「ああ、いいんだな、すごく締めてくるからね、いいんだろう、楸瑛、なぁ、」

兄は同じ言葉を繰り返す。
私はなにやら胸が苦しくなり、ぽろぽろ涙を零した。
すると途端に兄は苦しそうな顔をして、そんな風に泣くな、と何故かひどく苦々しく言った。
そんな風、とはどんな風なのか知らなかったが、自分でも今零した涙は普段閨で垂れ流す涙とは少し違っていたように思えた。
兄は揺さぶりを止めなかったが、そのかわり片手を彷徨わせて。けれど結局俯いた。
訝しく思った私だったが、横から三兄が唇を奪ってきて、息を止めた。
文字通り、奪うような口づけに、頭が溶解するような感覚を覚えた。
一方では揺さぶられているものだから、その状態はひどく苦しく、無理やり顔を離した。
しまった、と兄の顔色を窺ったが、兄はただ優しく微笑んでいた。
その笑顔に何故か呆然となった私は、ふと、顔を伝っていた涙が綺麗に拭われていることに気がついた。
次兄は熱に浮かされるように何かを口走りながら腰を動かしている。
三兄は優しく微笑みながら私の唇や其れを執拗に弄っている。
普段なら、彼らの熱に溺れて何も考えられなくなってしまうのに、私はやはり先程の胸苦しさを感じていた。
やがて兄たちが果てて、私の上に折り重なって倒れてきたとき、私の胸苦しさは頂点に達した。

「楸瑛、」

兄たちは私の上でもぞもぞと動いて、右半分左半分と分かれると、私を抱きしめた。
強く激しく掻き抱くように。柔らかく、輪郭を辿るように。
そのバラバラな感覚は、きっと根では一つのものを意味していて。
けれど、だからなんなのかがわからない。
私は胸の苦しみに堪らなくなり、せめて兄たちに抱きついてそれから逃れようとしたが、どうしても手が動かなかった。
これは恐怖なのか不安なのか寂寥なのか憧憬なのか幸福なのか。
はたまたただの、病なのか。
まんじりともせずに彼らが固まり、もはや虫の声も聞こえぬ夜。
私も言葉を失い、ただただ地蔵のように固まっていた。


私には何も知らされていなかったのだが、その日は、長兄が玉華殿と初夜を迎えられた日だったらしい。
彼らの尋常でない様子はそのせいだったのか。
それが彼らにとってどんな意味を持っていたか、
翌日、兄たちは長兄にとても晴れやかな顔を向けていたし、長兄も照れながらもそれは幸せそうな笑顔を浮かべていた。
あの夜、彼らが何を思って夜を過ごしたのか。
あの頃の彼らと同じ歳を迎えた今時分となってもわからない。
けれどもし時が逆しまに戻るのならば。
かの日の背中に腕を回し、せめて力の限りに抱き返してあげたい。
などと、今の私は思うのだった。


[そんなことであなた、]