07/01/25

「セーガ、俺、お前とキスしたい」

何を言ってるんだ、こいつは?
わけがわからず、目の前の男を凝視する。

「俺、お前のこと好きだよ」

ふざけているのか。
そう鼻で笑ってやりたいのに、体が動かない。
手にじっとりと滲んだ汗を拭いたいのに、それすら出来ない。
中途半端に開きかけた口の中がカラカラに乾いて痛い。
目の前の男は、相変わらず間の抜けた垂れ目で、狸そっくりだ。
やや猫背気味の体はよれた官服を更にだらしなく見せる。
少しばかり使えはするが、さして気にかけるべき男でもないのに、
俺はこの男に恐れを感じていた。
それは冷たく俺の体を容赦なく侵し、胸を叩く。
この男の一体何が俺をここまで追い詰める。
本当にこの男が恐いのか?そんな筈はない。
ならばこの状況は一体何なんだ。
背中にじっとりと汗が伝う。

また、男の口が開く。
ここから逃げれば助かる。
わかっている。
けれども俺は、どうしてもその唇から目が離せないでいた。


[おそろしき口唇]




07/01/26

「雄猫の性器には針があって、穿つ度に雌猫は激痛を感じるんだ」

清雅は書簡を整理する手を止めてそんなことを言った。

「知ってるか?」

「知らねぇ」

俺が答えるなり、すぐに興味が失せたように再び手を動かし始めた。
なんだったんだ。
今は春で、宵の口だというのに外では猫の酷い鳴き声が聞こえる。
時期が時期だけに鳴き声というより喘ぎ声になるのか。
うるさいばかっりで、そんなことどうだっていいんだが。

清雅が時々、辻褄も何もない言葉を洩らすのは珍しいことじゃない。
普段は理路整然として無駄な言葉なんて話さないくせに、時折、脈絡もなく洩らす。
もしかしたら、頭の中を掃除して出てきた邪魔なゴミを口から吐き出しているのかもしれない。
確かに、こんな情報、ゴミみたいなもんだろう。
清雅の考えてることなんてわかんねぇけど、俺はいつだって知りたいと思ってて。
でも清雅はそれを許さないから、俺は清雅の零したゴミだかクズだかを何度も反芻する。
そうしてそんなゴミみてぇな言葉の方が、完成された言葉よりも俺の頭に残った。

雌猫は難儀なもんだ。
穿たれると苦しいのに、そうされないとなお苦しい。
俺も清雅の小さな毒針に、全身を穿たれてヒーヒー言うのに。
そうされないと、もっと苦しくて焦れったくて堪らないんだろう。


[ちいさな毒針]




07/01/26

貴族派の官吏としてのし上がっていく清雅は、どんな汚いことでもする。
たとえこの先、確かな地位を約束されても、汚い手を使うことをやめないだろう。
一度そういった手合いを覚えたら、清水のような生き方は出来ないだろうから。
この先も清雅は色々なものを容赦なく踏みにじっていく。
極楽に咲いてるような美しい花だって踏んでいく。
踏み潰されて、ぐしゃぐしゃに散らばった花は哀れだけれど。

むっとするような濃い花の匂いの中。
足を花の蜜や花弁で汚しながら。
そのひしゃげた花の連なる道に立つ清雅は。とても綺麗だろうな。
なんて、ふと思った。


[花を踏む]