07/04/05

清雅とするときは、いつも寂しい。

ズズ、と手が奥まで進められる。
思わずゲェッ、と吐きたくなったけれど、猿轡がそれを阻む。
動悸が止まらないせいで呼吸がせわしなくって堪らないけれど、
排便の際の独特の臭いが鼻について、叶うことなら息を止めていたい。
それでも、鼻なんて小さな穴だけでしか呼吸出来ずに苦しんでる、
今の状況で息なんか止めていられる筈が無い。
結局、臭く、冷たい空気を俺は肺一杯に取り込み続けた。
涙やら鼻水やら涎やらを垂れ流す俺の姿がよっぽど可笑しいのだろう。
それを煽るように清雅は中に入れた手首をグルリ、と回した。
グウッ
くぐもった音を叫んで悶えると、清雅の笑みが深くなる。

「お前、汚いよ」

それを恥辱と感じる心くらいはまだ残っていて、
反射的に睨みつけたけれどもすぐに後悔した。

「汚いよ、だらだら垂れ流しまくって抵抗も出来ないで泣いてさ、

ゆっくりと、指で俺の内側を撫ぜながら囁くように告げる。
その動きにまるで愛撫をされているような心持ちになって、腰が、ひどく落ち着かない。

「俺が薬打ってやらなかったら、真っ最中に下からも垂れ流してたな、感謝しろよ」

親切な清雅くんが上から下から薬をぶち込んでくれたおかげで、俺はこの歳になって人前で漏らしたのだった。
清雅様様だ。
俺の皮肉な心中を察したせいかは知らないが、中を弄るだけで止まっていた動きがまた始まった。
頭を振って、髪を振り乱して堪える。
清雅は何の気まぐれか、油汗が滴って張りついた前髪を、顔から指先でスイ、と取った。
女にするみたいに優しく、あんまりにも優雅な貴族の所作だった。

「逃げればいいだろ」

冷たく、清雅が嗤う。

「そんなに苦しいなら逃げればいいだろ」

手を確実に進めてきながら、そんな言葉を吐く。
どうあっても逃げられないような状況で、逃がすつもりも無いくせに、
清雅はそういった、俺を試すような言葉を吐く。
お嬢によくするように、挑発しているわけじゃない。
馬鹿にして嘲笑っているってのはあるけど、これは、俺を試しているのだ。
なんとなく、そう感じる。
そして、そういった類の言葉を吐かれる度に、
俺は苦しみを忘れて胸に押し寄せるわけの解らない寂しさにやりきれない思いをするのだ。
寂しい。
寂しくて、苦しい
清雅との行為は、まともな情事には程遠く、痛く恐ろしく気持ち悪い。
ここで感じるべきものは正しくは嫌悪感とか恐怖とか、そういったものなんじゃないかと思うが、
俺は絶え間なく降る寂しさに身を震わせるのだ。
けれど俺は、容赦なく襲いかかる痛みに揺さぶられ、少しの快楽に流され、いつしかその寂しさも忘れ、翻弄される。
そしてまた身を震わせて、その寂しさにうっかりと気づく。
万事において流されやすい俺には、それを深く考えることさえ出来ない。
情けないけれど、それが事実だ。

手はもうかなり奥まで進んだようだ。
恐るおそる上半身を微かに持ち上げて見やると、手首くらいまでずっぷりと埋められているのがわかった。
あんまり恐ろしくって、俺は力が抜けてへなへな地に沈むかのように倒れ込んだ。
生理的な涙がほろほろ目尻を伝う。
これはあれだ。
怪我したところを見て、急に痛みを自覚するような、そういう感覚の涙だ。
けれど、今は別に大して痛くない。
弛緩剤と媚薬と潤滑油で緩められた体は、不思議と下半身の感覚に鈍感だ。
そのくせ内側は変わらずに敏感で、内臓を擦る感覚はあまりにリアルなんだけれども。
もうわやわやになった頭で、毒づいていると、清雅の嗤う気配を感じた。

「だから、逃げればいいだろ」
「逃げろよ」
「ほら、

はらり、と縄が解かれ、腕が開放される感触がした。
冷たい指先に血の気が戻ってくる。
俺が虚ろな目で見やると、清雅はくつくつと笑って、ただ俺の様子をじっと見ていた。
その間も、俺は大きく息を繰り返して、
清雅はそれに合わせてグイグイ手を突っ込んでくる。
俺は中に入り込んでくるもの全てを吐き出してしまいたくって、
清雅はそれに構わずにもはや肘までを埋めてくる。
ズズ、と腕を少し引かれてから、また奥まで沈められる。
今度は無意識でもなんでもなく、生理的な涙がぼろぼろ零れた。
ゴロゴロ転がり回って全部吐き出してしまいたい!
強烈な欲求に猿轡から怪獣のような声が洩れて涙が溢れる。
色んなものが全てない混ざりになってぐちゃぐちゃ混沌とした頭の中。

俺はもう全部全部を吐き出してしまいたいけれど、
清雅はおかまいなしに無理やりにでも色々突っ込んでくる。
なんか。
よっぽど俺に埋め込みたいもんがあるんじゃないか、
そんなら、ちょっとくらいそれを貰って噛んで消化してやってから吐き出してやるくらい。
してやってもいいんじゃないだろうか。

俺はうすらぼやけた目で清雅を見つめる。
清雅は嗤い顔の中で目だけが真剣に。爛々と光っている。
凶星みてぇだな、と自由になった手を覚束なくさ迷わせて、痩せた背中に回す。
清雅はビクリ、と体を震わせた。
そのくせ嗤い顔だけは変わらず爛々と光りそこにあった。
どれだけ時が経ったのか、
星が見えなくなって、あれ、と思うと同時に鈍色に光る頭が肩口に降りてきた。
使い物にならない俺のオツムは、清雅の目とか頭とかを星と勘違いしているのか、
捕まえなくっちゃ捕まえなくっちゃ、と騒ぎ出す。
俺も、まぁいいんじゃない、と適当に、腕に力を込めて清雅を抱き寄せた。
清雅も流石にひとの子で。
温かい体に、張りつめていた俺の内側がゆっくりと弛緩してゆく。
やがて、肩や首筋に熱いものが静かに静かに垂れてきた。
不思議と驚かなかった。
そのまんま肌に染みこめばいいと思った。
のしかかる体の細かい震えとか、突っ込まれたままの熱い腕とか。
そんなんも全部ぜんぶ受け止めて噛み砕いて消化しなくちゃならない俺は、いつしか寂しさのことを忘れていた。
その忘れ方こそが、きっと正しいんだと思った。


[違う星のひとりとひとり]