07/05/10

清雅は無言だ。俺も無言だ。
お互い話したいことなんてないし、あちらさんにとっちゃその必要性すら感じていないだろう。
この沈黙を居心地悪いとは感じない。
居心地が悪いのは、相手を意識するからだ。
けれど清雅は俺をいないものとして扱っていて、
そうなると俺も相手を意識したわざとらしい振る舞いをしなくてもよくなる。
ただ只管に黙り込んで空気のように徹していればいいのだ。
ある意味、楽に出来る空間である。
かなり前向きに考えればの話ではあるが。

雨の音は沈黙である。
大気を震わせるほどの水が零れているというのに、ひどく静かだ。
沈黙の降りていた部屋は、雨のヴェールに包まれて、今や無音になりつつある。
しかし、いよいよ静かになると、
書物を繰る音、椅子の軋み、衣擦れの音、果ては自分の鼓動まで聞こえてきて、
無音とは程遠いまでに意識する音が増えてくるから不思議だ。
雨が降り出すまでは、外の音が意識の対象であったのに、
今では部屋の中にむやみやたらと意識がいってしまう。
といっても、意識しているのは俺だけだろう。
お嬢が居ないこの部屋に居座ったのは意外だったけれど、
雨が降り出す前には帰ると思っていたのに。
ああ、お嬢、さっさと戻ってきてくれ。

教本や過去の事例集を読むのにも飽きて、文字を追う振りをして目をつむる。
ふと、微かなため息が聞こえた。
ため息ではない。呼吸だ。
その小さなちいさな音は、冷たい空気を伝って、俺の耳を静かに震わせる。
弱弱しく主張するその振動をぼんやりと感じているうちに、なんとなく罪悪感を感じた。
他人の会話をうっかり聴いてしまったかのような舌の苦さだ。
けれども途切れてしまった集中力は勿論戻らず、仕方がないので、
そのまま何気ない仕草でじっと、聴いていた。
細かく吸い込む音は、一拍置いて緩やかな吐息となって消える。
こいつも人間だったんだなぁ。
妙な感慨を抱き、顔を伏せたまま目だけを上げて清雅を見た。
無表情に近い清雅の横顔は、白い光に照らされていた。

「あ、晴れてる」

部屋の薄闇に慣れた目には、窓の外はいやに眩しい。
何も考えないまま立ち上がって窓を開けると、生温かい風とともに更なる光が入り込んできた。
光は雲を割り、青空が広がる。
清雅はそちらを見る気配すらない。
所詮は窓の外のことよ、と最初から気にも留めていないようだ。

いつか、
清雅がどんな道を歩いてもそれは仕様がないことだけれど、
いつか、こんな澄みきった空を、清雅が心の底から綺麗だと思ったら。
俺の色んなもんが報われる気がする。
なんとなく、そう感じた。
白い光が満ちる。
流石に痛んできた目を擦りながら振り返ると、
そこには書簡だけが整然として、在った。



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