07/11/09

一昨日は胸に抱きつかれて、
昨日は軽くキスをされて、
そこに他意はないと信じたい。

小さな指が首筋を弄る。
髪の生え際をなぞって遊んでいるようだ。
直ぐ後ろから、いっぽん、にっほん、と高い声がする。
セーガにも、こんな無邪気な面があるらしい。
別に普段が可愛げのない子供と云うわけでは決してない。
むしろ、大人から可愛がられる幼さを持つ子供だ。
ただ、幼くしていい子過ぎるほどの、いい子なのだ。
悪戯は適度に、言いつけや時間をきちんと守って、年少の子の世話すら焼く。
聞き分けのいいセーガくん。
毎日、お手伝いさんと一緒に帰るセーガくん。
運動会やお遊戯会に親が来なくても、なんにも言わないセーガくん。
だから、今日は正直ホッとした。

今日は昼を屋外で食べることになっていたのだが、
いつもなら友達の輪で笑っているセーガの姿がなかった。
不思議に思ったけれど、
まぁ、喧嘩した様子もないし、セーガなら外に出ないだろう、と高をくくっていた。
が、お遊戯の時間になってもセーガは戻ってこなかった。
さすがに他の先生の目が痛くなって探しに行くと、
セーガは敷地の一番隅っこの大きな楠の下で眠っていた。
大の字に、四肢をくったりと投げ出している。
紅葉みたいな手には、水色の巾着袋が握られている。
中身は多分、弁当だろう。
お腹がいっぱいになって、眠くなったというところか。
春の華やいだ風が吹き、綿毛のような柔い子供の髪を揺らす。
そのあまりにもあどけない寝顔に躊躇ったが、
髪にそっと手を差し込み撫でつけて、白く滑らかな額を露わにする。
途端、団栗のような目がパッチリと開いた。
が、すぐにわざとらしく唸って、あちらに向いてしまった。
かなりレアな、いいこちゃんの我が侭ぶりに優しい気持ちになって、
しばらくそのまま髪を撫でてやった。

「ごめんなさい」

小さく、ポツン、と呟かれた。
なんだかそれがものすごく可哀相で、
曖昧に返事をして立ち上がったセーガの手をとった。
が、まだ体は眠っているようで、ぐにゃりと体が傾いだ。
その様子がまた幼くて、俺は笑ってしゃがんだ。

「ほら、乗れよ」

背を向けたまま言うと、ひどく逡巡する気配がしたけれど、
ついにセーガは勢いよく圧し掛かってきた。
教室に戻るまで、そう距離はない。
今日ぐらいは精々甘やかしてやろうと、迂回するようにゆっくり進んだ。

そうして今に至るわけだが、その小さな手がどうにもくすぐったい。
なのに全然嫌じゃない。
我ながら柄にもない。
というか、一連の行動が別人すぎる。
今更ながら恥ずかしくなって、紛らわすように、後ろ手でセーガを抱え直した。

「わっ」

乱暴にしたせいで、小さな体が跳ね上がってしまったらしい。
セーガは怒って俺の髪や耳を引っ張って抗議したが、
俺が気にせず笑っているとそのうち一緒になって笑い出した。
そしてぐい、と身を乗り出して、
耳を噛んだ。
驚いて足を止めると、そのまま小さな唇が外耳を食んだ。
耳朶を含んで柔らかな舌で包んで嬲ると、そのままゆっくりと上に吸いあげてゆく。
辿った痕が、風に冷たい。
そのくせねっとりと、熱いものが入ってくる。
ちろちろ、と狭い穴の中を舐め蠢いた。
足元を、暖かい風が吹きぬける。
腰が、ぶるり、と震えた。
ハッと目が覚めた気がして、せかせかと靴箱に向けて歩き出す。

「先生、どうしたの?」

温かな頬が、ぴったりと頬にくっつく。
俺の肩に身を乗り出したまま、セーガが懐いてくる。

セーガは、いい子だ。
セーガくんは、文句のつけようのない、いい子だ。

だから、一昨日抱きつかれたとき、
昨日軽いキスをされたとき、
さっき耳を舐められたときに、
二人を包む空気が変わったのは、気のせいなんだ。

(なに考えてんだ子供相手に絶対気のせいだっつーの阿呆か俺はマジで俺は…)

ブツブツ呟く俺に、
セーガくんはそれはそれは愛らしく、にっこりと笑った。



[ 天使の逆襲 ]